かれこれ思い起こせは7年前、ハイキングのイベントをするからと当時知り合いになったばかりの方にチラシやらホームページやら、イベントで使う広告物一式を作らせていただいたのがきっかけで早7年。
たった一人で立ち上げから運営までされ、その家族で作られた地域のイベントを足掛け7年間ずっと見てきたわけなのですが、いい意味で変わらず、なのに参加者が全員楽しみにしているという素敵なイベントで、参加すればするほど、ほんとにいいイベントだなあと思いながら毎年カメラを構えています。(イベント当日は映像の撮影で入ることが多いので)
地域イベントならではの毎年参加する子供達が成長していく姿を見ながら自分も年取ったなあと年々思うわけです。
マンネリ化する惰性ではない素晴らしいイベント
毎年繰り返されマンネリ化するイベントを惰性で行わず参加者が楽しむ。言葉の選び方は良いとはいえないのですが、参加するとすごく楽しめるこの揖斐川ハイキング。来年もそのまた再来年もずっと続いて欲しいと願うばかりです。
大人同士ただ話しながらハイキングするという時間はなんて贅沢なんでしょうか。おしゃれなイベントは世の中にたくさんあるのですが個人的には老若男女集うこうしたイベントに心惹かれます。現代人が忘れつつある地域コミュニティーを感じられるこうしたイベントこそ今後着目されるべきであるように思います。
上ヶ流のマチュピチュの写真は実は最初僕が撮った
今でこそ名古屋やら三重県やら県外からのお客さんが、この揖斐川ハイキングとは別に、岐阜のマチュピチュこと天空の里上ヶ流にいらっしゃることが多くなったと思うのですが、7年前は町の人の車がほとんどで観光客の車などほとんど走っていませんでした。
地域資源である茶畑の景色を揖斐川ハイキングのイベントの立役者が「マチュピチュ」と名付け、町の人が遊歩道を少しずつ整備し、そんな中でこの地域をこれから有名にするから写真を撮って欲しいと言われ(あしからずカメラマンではないですが。)上ヶ流のマチュピチュの絶景の写真を撮影することになったのです。
あの山の2本の木のところから写真撮ればきれいだから
撮影日はてっきり案内役がつくのかと思いきや、どこまで行って写真をとりましょうかと担当の人に聞くとはるか遠くの山を指差され
あの山の2本の木のところから写真を撮って欲しいとの指示。
指の先の遠くに見える確かに微妙に周りとは違う2本の木を目指し、
遊歩道を汗だくになりながら、「迷ったら遭難」を肝に銘じながら
歩いて撮った写真が雑誌社に送られ、今のマチュピチュブームがおきたようです。今日もハイキングの最中県外ナンバーの多いこと!
上ヶ流のマチュピチュの撮影を依頼された道中、山道をスーツを来たサラリーマンが歩いていたんです。
スーツ+山道=誤ったことが起きる可能性90%
という法則から、何か間違ったことでもするのかと思い、いつ何事が起きても止めにはいろうと、一定の距離を保って後ろから歩いていたのですが、頂上近くですれ違うことになってしまい、ここで無視するわけにはいかないと、満を持して「何されているんですか?」と聞いたら
「山好きなんで営業の合間に寄っちゃいました」だそうです。
方程式崩壊
そんなに登る距離ないけどスーツで来たらだめ!と思いながら
「では」と颯爽と去っていくおじさんを遠目で見ながら撮った写真は誰かの心に止まったんでしょうね。
マチュピチュの到来は、ぼくとスーツのおじさんの見た景色の先にあったのです。
町の観光資源の作る方法というのは意外なところにあるのかもしれません。
勉強になります。